(15/11/26 京都新聞 「政流考」)
故杉原千畝氏は第2次世界大鞍中、ナチスに追われたユダヤ人に日本通過のビザを発給し6千人もの命を救った外交官として知られる。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国内委員会が今秋、命のビザの資料などを2017年の登録に向け世界記憶遺産の候補に決めた。その写真展が静岡県沼津市で開かれているさなか、パリで約130人が死亡する同時多発テロが起きた。
容疑者の1人がシリア難民を装ってフランスに入国した可能性が指摘され、欧州では難民の受け入れ反対論が勢いを増すだろう。同時テロを理由に本当の難民を排斥するムードが国際的.に高まれば、ますます世界は不安定になりかねない。
一方、日本は難民の受け入れに及び腰だ。記憶遺産を目指す国として人ごとではいられない。
「人道問題を考えるきっかけになればと命の重さを伝えているのに、これほど悲しいことはない」。千畝氏の親族、杉原美智さんは講演会で同時テロを嘆いた。
日本政府の命令に背き、リトアニアでビザを発給した杉原氏は戦後、退職を余儀なくされ沼津市に一時隠居した。2000年に河野洋平外相により名誉回復を果たす。安倍晋三首相も今年1月、イスラエルのホロコースト記念館で「その勇気に私たちほならいたい」と杉原氏を称賛している。
ところが、今は杉原氏の人道主義と程遠い。首相は先の国連総会演説後の記者会見で、外国人記者から「シリア難民を日本は受け入れるか」と問われて窮した。「国際社会で連携して取り組まなければならない。人口問題で申し上げれば、移民を受け入れる前に女性の活躍であり、高齢者の活躍であり、出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手がある」
首相は演説でシリア難民らの支援に約8億1千万ドル(約972億円)の拠出を表明したが、これはかすんでしまった。
昨年、日本への難民申請は5千人に上るが、認定は11人と世界で最低水準だ。日本では就労目的で難民と主張する人が多く、本当の難民は極めて少ないという。だが、ほとんど難民に認定されない実態が浸透しているから、日本に避難してこないのではないか。
難民に冷たい国との見方が変わらない限り、「命のビザ」の資料が世界記憶遺産に登録されても、それは文字通り「記憶」として過去の遣物になってしまう。
(共同通信編集委員 久江雅彦)