(@ソウル)韓国の難民受け入れ革命に学べ 日本と同じ課題も

(連載:特派員リポート)(16/8/16 朝日新聞)

2016年8月16日00時00分

「出入国・外国人支援センター」。前に立つのは日本から見学に訪れた難民支援関係者ら=韓国・仁川市

■特派員リポート 鈴木暁子(国際報道部員)

難民を支援する国ときいてぱっと頭に浮かぶのは、ドイツなどの欧州諸国や、多くのシリア難民らが逃れるヨルダンなど中東の国々だろうか。だが実は、日本と同じアジアの中でもここ数年、難民政策への「意欲的」な取り組みで注目されている国がある。韓国だ。

韓国の2015年の難民認定数は105人。欧米や中東諸国に比べればわずかだが、同じ年の認定数が27人だった日本の4倍近くを受け入れている。韓国にたどりついた難民が暮らせるホテルのような国営施設もできた。なぜ韓国が難民政策に力を入れるのか。昨秋訪ねた現地で見えたのは、先進国として国のあり方を模索する韓国の姿と、そこに合わせ鏡のように映し出された日本の難民政策の課題だった。

ソウル中心部から車で小一時間ほど行くと、仁川国際空港にほど近い永宗島の平地に3階建ての建物が見えてくる。韓国政府がつくった「出入国・外国人支援センター」だ。

「開かれた移民共生 一つとなる大韓民国」。正面玄関に看板が掲げられている。敷地面積約3万1千平方メートル、133億ウォン(約12・4億円)をかけて2013年に完成。
14年2月から、韓国にやって来た難民のうち幼い子ども連れや高齢者、障害のある人らを、原則6カ月間ここで受け入れている。記者が訪ねた15年10月には、アジア、中東、アフリカ出身の難民29人が生活。同じ年の年末からは、韓国政府が日本の先例にならってタイの難民キャンプから試験的に受け入れた「第三国定住」のミャンマー難民約20人もここで生活をスタートさせた。

日本の難民支援関係者に同行して中を見学すると、難民の人たちが寝起きする個室はベッドやトイレ、シャワーつきで、広めのビジネスホテルのようだ。お祈りの部屋やテニスコートもある。入居者は食事はもちろん、韓国語や生活の基礎、カウンセリングも無料で受けられる。
日本では第三国定住以外の難民にはこうした公的施設は用意されていない。日本から見学に来たNPOなんみんフォーラム理事の石川美絵子さんは、「空港についたばかりで住まいもない難民の人にはとても助かると思う」と感心していた。

これまで、韓国が難民政策のお手本にしてきたのは日本だ。日本が82年にアジアで初めて「難民条約」を批准すると、韓国は94年に後に続き、日本と同様、入国管理局が難民事案に対応するしくみをととのえた。

だが2013年を節目に、韓国は「日本型モデル」から徐々に離れ、独自の難民政策への切り替えを進めている。韓国政府は13年6月に日本の法務省にあたる法務部内に難民業務専門の「難民課」を開設。同年7月に施行したアジア初の「難民法」には、難民申請中の人の生活費や医療支援、教育の保障も明記され、韓国にたどり着いた難民は空港で難民申請ができるようになった。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「東アジア地域全体の難民保護によい影響力を及ぼす画期的な立法だ」と同法を高く評価した。

難民法の実現を主導したのは、与党セヌリ党だ。2005年ごろから弁護士や支援団体と法案を研究してきた現教育相のファン・ウヨ議員が、議員立法で難民法案を提出し、同法の施行にこぎ着けた。与党が難民受け入れの環境整備を積極的に進めるなんて、日本と全然違う。

その理由について、ソウルで取材に応じたセヌリ党議員のホン・イルピョ氏はこう話した。「北朝鮮の状況が行き詰まったとき、彼らが他国で難民として受け入れられるようにするには、私たち自らが積極的な受け入れ姿勢をみせる必要があるからです」

北朝鮮からの脱北者は近年、毎年千人以上に上る。核実験や長距離弾道ミサイルの発射など、北朝鮮の国際的な孤立は深まる一方だ。ホン・イルピョ氏は北朝鮮からの難民流出について「韓国政府は各方面の研究をし、有事に備えている」という。

なるほど、韓国が進める難民政策は北朝鮮有事をみすえてのことだった。だが、何となくストンとこない。本当にそれだけなのか。

それから数カ月後、韓国社会と政治の関係にくわしい東京都市大の李洪千准教授(メディアと政治)に話を聞くと、こんな見方を披露してくれた。「韓国の難民政策の推進は、国家としてのランクを上げ、より世界で認められたいという韓国政府の意識の表れです」

87年の民主化以降、外交を活発化させてきた韓国が国際社会でさらに重要な役割を担うには、国内の人権問題の解消は必須だったという。韓国は東南アジアなどから外国人労働者も大勢受け入れており、課題が指摘されてきた日本式の研修生制度を改めるなど、移民政策でも独自性を発揮し始めている。

李准教授は「子どもが成長したら独立するのと同じで、まず日本から学んだ韓国が、一つの国として自ら考え始める段階にきたのだと思う」という。

さて、画期的な難民法づくりなどを進めてきた韓国だが、現地の難民支援団体の間では「政府の難民支援の取り組みは不十分」との厳しい見方が多い。

例えば14年~15年8月に韓国で難民認定審査をしたシリア人705人のうち、難民と認定されたのは3人。その他の人にも人道的配慮で在留許可は出たものの、社会保障や語学教育は受けられない。難民法の草案づくりに携わった弁護士のキム・ジョンチョルさんは、人道配慮の人たちにも認定難民と同等の支援をするよう求めてきたが、案は通らなかった。

さらにジョンチョルさんは、「韓国政府による難民条約の解釈のしかたにも課題がある」という。難民条約には難民の規定に、「迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する」との表現があるが、韓国ではこれを「十分な証拠のある恐怖」と解釈し、難民に立証責任を求めようとする傾向があるという。

ここまで聞いてぞくっとした。というのも、日本の難民支援団体がよく指摘する日本の難民政策の課題とそっくり同じだったからだ。「法はできても出入国管理の公務員が統制の観点に立ち、個々の人の脆弱(ぜいじゃく)性ではなく、違法か合法かで難民を見ていることが問題だ」とジョンチョルさんはきっぱりいう。先進的な法制度を整えても、最初に取り込んだ「日本型」の呪縛は根強く残っているようだ。

冒頭の「出入国・外国人支援センター」も批判の矢面に立っている。約80人が入居できるはずが、15年12月までの入居者は20人ほど。難民を支援する韓国のNGO「pNan(避難処)」代表のイ・ホテクさんは、「入居を許可する選定基準が不透明だ」と批判する。センターの立地も、にぎやかな町中での開設を求めた支援者の意見は通らず、店や住宅もほとんどない永宋島の現在地になった経緯がある。

とはいえ、国際社会から認められるよう、前向きな取り組みを一歩ずつ進めている韓国の姿勢は評価されるべきだと思う。韓国の難民支援団体と10年来の交流を続ける日本のNPO、難民支援協会の石井宏明さんは、「韓国にも課題は多い。とはいえ様々な支援を明記した難民法を実現し、日本の一歩も二歩も先を行っている。日本も実現を目指していきたい」と話す。

日本と韓国、米国の難民支援団体の関係者らは年に1回、お互いの「グッドプラクティス(先進的な取り組み)」を共有する会議を開いている。石井さんら日本の関係者がぜひまねしたいと話すのが、韓国の「難民調査」だ。アンケートを作成し、難民に会いに行って、住居、就労、認定状況、家族、権利、将来の帰国希望などの状況を尋ねる。04年にNGOや弁護士が始め、08年、12年には政府もプロジェクトに参加した。「韓国国内の難民の状況が把握でき、課題を調べて政策提案することができる」(イ・ホテクさん)という。

韓国セヌリ党議員のホン・イルピョさんは、「日本は人権先進国。アジアは人権面で遅れているという見方を払拭(ふっしょく)するよう、韓日両国が使命感をもって活発に情報交換する必要があると思う」と話し、難民支援での日韓の協力に前向きだ。

日本や韓国の難民政策は、世界的には「受け入れに消極的」などと批判の的になることのほうが多い。難民問題が世界に広がるなか、難民政策に関わり続けてきた日本と韓国が手を携えれば、アジアにおける難民支援のリーダーシップをとることができるようになるのではないだろうか。身近な両国がアジアにおける難民支援の新しい流れをつくる、そんな未来に期待したい。

鈴木暁子(すずき・あきこ) 1998年入社。大阪と東京の経済部、GLOBE編集部などを経て2015年1月から国際報道部員。今年9月からハノイ支局長。