(16/8/9 ダイヤモンド・オンライン)
2016年8月9日
[蕨市(埼玉県)8日 ロイター]―戦火や民族紛争で疲弊した祖国を逃れ、日本に救いを求めてやってくる難民申請者が増加の一途をたどっている。政府の厳しい入国管理の下、彼らが難民認定の厚い壁を越えるのは容易ではない。入国管理施設から「仮放免」されても、就労が禁じられているため、彼らの多くは不法に職を得て生計を立てざるを得ない。
しかし、政府の閉鎖的な姿勢とは裏腹に仮放免者による不法就労は、すでに民間の建設業などを支える人材供給源となっている。そして、そのブラックマーケットがいまや公共事業にまで広がっていることが、ロイターによる取材でわかった。
「移民政策はとらない」と公言する安倍晋三政権。一方で、外国人労働者を「のどから手が出るほど欲しい」と希求する企業側。仮放免者をとりまく矛盾や混乱は、現実に立ち後れる日本の不透明な対応を浮き彫りにし、その中で多くの外国人が難民として認定されないまま、将来を描けない暮らしを続けている。
<不安定な「仮放免」の日々>
トルコ国籍のクルド人、マズラム・バリバイは、日本に到着して8年以上、24歳になった今もなお、政府による難民認定を待ち望んでいる。父親がトルコの政府軍兵士に拷問されるところを目撃し、身の危険を感じて日本への脱出に踏み切ったものの、定住資格がとれないまま仮放免という立場を強いられている。就労は許されておらず、いつまた収容されるのかもうかがい知れない日々が続く。
仮放免とは、本国への退去命令が出て収容された外国人が家族や友人、支援団体などを身元保証人とし、収容所から暫定的に出所できるという制度。仮放免中は仕事につくことが許されていないため、身元保証人が生活費の面倒をみることが建前となっている。就労の事実が見つかれば、再び拘束される恐れがある。
生きるためには働かざるを得ない。マズラムは不法就労と知りつつ、道路の普請、下水道の工事、その他さまざまな現場で汚く危険な仕事に従事してきた。請け負った仕事が公共事業だったこともある。マズラムは、自分の毎日の仕事が日本の政府や市民のために役立っているのに、なぜ就労が認められないのか、という思いにかられることがしばしばある。
だが、どれほど彼が身を粉にしても、日本への定住という未来につながる扉が聞くわけではない。
「日本政府は働いてはいけないと言うけど、外国人がいないと日本は困るって、みんなわかってる。建設の仕事も全然進まなくなる。政府は誰よりもそれをわかってる」。マズラムは建築現場で鍛えた日本語で早口に語った。
マズラムの兄と弟もまた仮放免の身でありながら、東京近郊で公共工事に従事したことがある。ロイターが取材した多くの仮放免中のクルド人の中で、30人以上が民間企業に雇われ、ビル解体の仕事をしていた。
<懸念示す政府、企業は7割強が受け入れ支持>
日本への定住を求める外国人をどう受け入れるべきか。その政策論議は始まって久しいが、世界の地政学情勢が大きく変化し、移民や難民が急増しているにもかかわらず、日本の対応は大きな進展を見せていない。
一方、出生率の低下と高齢化で、日本は1990年代前半以来の最大の労働力不足に見舞われている。にもかかわらず、安倍首相は昨年9月に国連で演説した際、日本には「移民を受け入れるより前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、高齢者の活躍」だと強調した。
「(移民や難民の受け入れには)治安に対する不安がある。さらに国内の雇用を食ってしまうのではないかという懸念。そういうことも含め、まだ移民という言葉に対するアレルギーがある」。安倍首相の補佐官、柴山昌彦衆院議員は日本人の抵抗感について、こんな見方を示す。
しかし、企業側には、そうした抵抗感はほとんどない。ロイターが昨年10月に企業を対象に行った調査によると、中堅・大企業の76%が外国人単純労働者の受け入れについて「支持する」と回答した。
とりわけ、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、建設業界は深刻な労働者不足に直面する。鹿島建設<1812.T>の伊藤仁常務執行役員は、ロイターとのインタビューで、東京五輪直前の2018―19年に「建設業界は過去に経験がない規模の工事量を同時期に施行することになる。技能労働者不足が非常に懸念される」とし、外国人労働者について「その2年間はのどから手が出るほど欲しい」と話した。
入国管理の厳格化をすすめる政府。外国人労働者への期待を高める企業側。日本の矛盾した現実が、難民申請者らを不法就労の闇市場に誘い込む。そして、人材ブローカーを通じ、彼らの労働力が日本企業に供給される。
昨年、ロイターは、富士重工業<7270.T>の主力ブランドであるスバル車が米国で一大ブームを謳歌する背景として、アジアやアフリカから日本に来た難民申請者らが劣悪な環境の下、同社の系列会社工場で働いている、との実態を報じた。さらに今年、入国管理局の収容所において、難民申請者の処遇には医療システムを含め深刻な問題があることを明らかにしてきた。
<病気になれば借金が増える>
多くの一般国民からは実態が見えにくい難民申請者だが、彼らの数は各地にコミュニティーが生まれるほどの増加を続けている。
その一つは、埼玉県蕨市と川口市周辺に広がる通称「ワラビスタン」。日本が高度成長期にさしかかった50年ほど前に人気を博した映画「キューポラのある街」はこの地の鋳物産業が舞台だった。そこに、いま約1200人のクルド人が住む。クルディスタンがクルド人の地を意味することから、蕨とかけあわせた「ワラビスタン」という呼び名が生まれた。マズラムもこのコミュニティーの住民だ。
ワラビスタンに住むクルド人の多くは難民申請者だ。彼らは日本人が嫌がる、いわゆる3K(きつい、汚い、危険)の仕事をしながら、自分や家族らの生活を支えている。
支援団体などによると、これまで日本で難民申請をした数多くのクルド人の中で、認定をうけることができたのは1人としていない。昨年、日本で難民申請した7586人のうち、認められたのはほんのひと握りの27人にすぎない。
2015年12月時点で、日本は1万3831件と過去最高の難民申請を審査中だ。2015年末の仮放免者数は4701人。支援団体などによると、このうち約400人がクルド人だという。
マズラムの父、ムスタプアは1999年にトルコの非合法武装組織クルド労働者党
(PKK)を助けたとして現地政府に逮捕された。マズラムは難民審査官に、「7歳の時、父が私の目の前で拷問された」と話した。将来への不安を感じたバリバイ家は日本に避難する道を選び、数年の問に両親と5人の子どもたちも日本にやってきた。
裁判記録によると、父ムスタファは2000年に無罪になっていたが、彼の精神は日本に来てからも安定しなかった。
悪夢にうなされては暴れ、一家が住むアパートの部屋の壁は、あちこちに穴があいた。2008年、過去の拷問による心的外傷後ストレス障害(PTSD)とうつ病を患っていると診断され、抗うつ薬、鎮静剤、痛み止めなどの服用を始めたものの、昨年12月27日、近所の公園で、ムスタファは首をつり死んでいる姿で発見された。
仮放免という不安定な状況の中で、マズラムには、父の不遇の死に加え、一家7人の生活を支える重荷がのしかかる。月収は、毎月異なるものの、およそ30万円程度。だが、その収入が続く保証があるわけではない。契約書なしで就労している多くの仮放免者たちは、現金で報酬を受け取り、通告なく解雇されることもある。住民登録ができないため、部屋を借りる、銀行口座を聞く、携帯電話の契約をする、といった生活に必要な手続きを自分の名義ですることは不可能だ。
最も深刻な問題は、健康保険証がないことだ。バリバイ一家には、数十万円の未払いの医療費がある。昨年、7歳の息子デニスが肺炎になり、68万円の医療費が請求された。病気になることは、借金を抱えるのと同じ、という状況が続いている。
救いがあるとすれば、川口市の建設業には全国平均を大きく上回る雇用機会がある、という点だろう。例えば、土木業の有効求人倍率でみると、今年3月は全国平均が2.70倍だったのに対し、川口市は7.8倍に上った。しかも、日本人は通勤圏内の東京に職を求める傾向があるため、地元には外国人の就労機会が少なくない。建設現場は特にクルド人の労働力を求める。
川口市の奥ノ木信夫市長は、クルド人たちに就労資格がないとしても、市として労働を止めさせることは難しいとの考えだ。
市長はロイターのインタビューで、クルド人の状況について「きちんとした証明(就労許可)がなくても、現実には勤めているのが本当だと思う。しかしそれを今さら市が、働いてはいけないとは言えない。誰でも生活していかなければならないし、家族もあるだろう」と述べた。
そして、そうした仮放免者に正式な在留・就労許可を与えない政府のやり方に不満を示し、川口市としては、就労許可を得て働いてもらい、納税してもらうのが最も望ましいと語った。
<見返り求めない被災地支援>
川口・蕨両市にまたがる「ワラビスタン」コミュニティーができ始めたのは1990年代。観光ビザで日本にやってきたクルド人たちが同地域に住み始めたのがきっかけだった。定住資格のない不安定な立場ながら、20年あまりの歳月の問に、日本人との「共存」をめざす機運がコミュニティーの中に大きく広がっている。
それを物語る出来事は、2011年3月11日の東日本大震災後に起きた。仮放免者は居住している都道府県を離れる場合には政府の許可を取らなくてはならない。東北地方が大きな被害に見舞われているとの知らせをうけ、土木経験のあるクルド人たちが震災復興のボランティアとして、許可証を携えて被災地に向かった。テントで寝泊まりしながら、がれきの撤去作業などを行ったという。
被災地の一つ、陸前高田市に最初に到着したクルド人グループの一員、マフムト・チョラクも難民申請中で仮放免の身だ。今年4月には、大地震で被害が広がった熊本地域に、仲間のクルド人とともに車で乗り込み、被災地でボランティア活動を行った。
「入管がこれで在留資格をくれるとは思わない。ただ、被災者が気の毒だったから行っただけだ」。マフムトは、ボランティアの見返りを期待してはいないと話す。
<「義を見てせざるは勇なきなり」>
都内で小規模な建設会社を経営する木下顕伸社長。クルド人を雇うことについては、彼らが生活できるようにという思いやりだ、としたうえで、「義を見てせざるは勇なきなり」と述べた。そして、「現場とすれば、ウインウイン(相互利益)の関係」と語った。
同社と契約している下請け会社は、約50人のクルド人を解体現場で雇っている。彼らの多くは6カ月ごとに更新する就労資格を持っているが、ロイターの取材によると、就労できない仮放免者も一部、含まれている。就労資格のない外国人を雇うと、雇用者は3年以下の懲役または300万円以下の罰金を科せられる。
日本の永住権を持っているクルド人が経営するさらに規模の小さな建設会社では、仮放免の友人や親せきを雇うことは頻繁にあるという。多くは日本人の会社が請け負わない、利益の薄い仕事を受けている。
<政府の具体的な取り組みは手つかず>
難民申請者を含む外国人労働者の受け入れが課題になる中、事態改善に向けた政策論議も続いている。自民党は今年、特命委員会を設けて外国人労働者の受け入れについて議論し、高度人材だけでなく、介護、農業、旅館等の分野で受け入れを進めていくべきだ、とする提言をまとめた。
7月の参議院選挙の公約にも、外国人労働者が適切に働ける制度の整備が盛り込まれた。
ただ、具体的な取り組みは全く進んでいない。政府の日本再興戦略には、「外国人受け入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」と書かれているが、具体的に何を検討するのかというロイターの質問に、日本経済再生総合事務局の廣田新参事官補佐は「全く検討が始まっていないので、何とも言えない」と答えた。
法務当局の姿勢にも変化の兆しは見えない。就労資格のない仮放免中の外国人が公共事業の建設作業に従事していることについて、法務省入国管理局警備課の鳥巣直顕法務専門官は、「公共事業かどうかにかかわらず、認められない活動(労働)をしているのであれば好ましくないし、そういう状況はやめていただきたい。是正する必要がある」と答えた。仮放免など現行の入管制度について、見直す計画はないという。
難民認定のあり方について、ロイターが今年6月、同省に当時の岩城光英法相とのインタビューを申し込んだところ、「日程が調整できない」として拒否された。
こうした日本の行政当局の動きを難民申請者たちはどうみているのか。
マズラムは、10年近く住んでいるこの国が、自分を難民として受け入れる可能性はほとんどないと自覚している。朝から10時間に及んだ仕事を終え、毎日のようにユーチューブでクルドの若者たちがシリアでイスラム国(I S)と戦う映像に見入る。
「日本の政府は何もやってくれない。なんでもダメだって言うだけ」とマズラムの言葉は厳しい。「明日のことは考えられない。日本を追い出されたら、(トルコに)帰って死ぬしかない」。
(文中、敬称略)
(宮崎亜巳、Thomas Wilson、舩越みなみ、斎藤真理 編集:北松克朗)