(16/5/25 朝日新聞)
主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)を前に、政府は内戦が続くシリアの難民らを留学生として、来年からの5年間で最大150人を受け入れると発表した。日本が中東の難民を政策的に受け入れるのは初めて。期待に胸を膨らませる現地の若者らの思いを聞き、課題を探った。
「日本留学のチャンスが増えるのは、とてもうれしい。留学生に選ばれれば必ず日本に行きます」
アレッポ大3年のアフマド・アスレさん(24)は19日、電話取材に声を弾ませて日本語で答えた。
「シリア内戦の最激戦地」と呼ばれる北部アレッポの中心部に住む。政権軍と反体制派の戦闘地域は自宅からわずか数キロ先だ。
この日、日本政府によるシリア人留学生受け入れ拡充をフェイスブックで知った。日本に留学中のシリア人の学生が新聞記事をアラビア語に訳してくれた。
生活は過酷だ。4月下旬にはアレッポ大の卒業生で、一緒に日本語を学んだ友人女性が迫撃砲弾の直撃を受けて死亡した。
アスレさんの自宅はスナイパーの狙撃を避けるため、全ての窓に灰色のシートを張っている。砲撃がひどい時は地下室に避難する。電気を使えるのは1日数時間。食品やガソリンは値上がりする一方だ。
でもいつかは内戦が終わると信じ、家族とともに耐えてきた。「世界遺産も市場も住宅地も破壊された。戦争が終わった後、街を元通りにするには高度な技術を持つ日本の助けが必要。私は懸け橋になりたい」
シリア最大の国立総合大学のダマスカス大学には2002年、シリア初の日本語専攻学科ができた。だが、内戦で日本人教師が国外に退避。教員不足で、14年秋から募集を停止した。
宮崎駿監督に憧れる2年生のガザル・バラカートさん(20)は日本語学科に入れず、考古学科で学ぶ。今年2月の「停戦」発効で状況が落ち着くまで、迫撃砲弾の着弾におびえながら通学した。初歩的な日本語を話せる先輩から日本語を学び、日本留学の機会を探る。発表は朗報だが、どこに問い合わせればいいか分からない。
日本政府は12年3月、在シリア日本大使館を閉鎖した。「日本に憧れるすべてのシリア人の若者に平等にチャンスを与えてほしい」
トルコ・イスタンブールのシリア難民向けの小学校教師イヤード・ダムラヒさん(32)はアレッポ出身。内戦前の10年4月から日本で日本語学校に通い、大学進学を目指した。ところが翌年3月、東日本大震災が発生。両親に戻るよう説得され、アレッポに戻ったが、内戦で国外に逃れた。
日本の大学で日本の教育を学びたい。「礼節や、皆で掃除をしたり、給食の配膳をしたりする相互協力は、とてもユニーク。深く学びたいと思った。募集人数を増やしてほしい」
(イスタンブール=春日芳晃)
■支援者「新たな一歩」
留学生受け入れを埼玉県に住むシリア難民のジャマールさん(24)は「素晴らしいニュースだ」と喜ぶ。空爆で家が壊され、ダマスカス大の学生だった13年に母国を脱出。親類を頼って母、妹と来日し、昨年3月に日本が初めて難民と認めたシリア人の一人になった。日本語を学び、東京の大学進学を目指す。「最も大切なのは最初の半年間に日本語をきちんと教えること。日本社会になじみ、働くチャンスもできる」
日本はこれまで紛争から逃れた人を難民とは認めていない。11~15年に難民申請をしたシリア人65人で認められたのは6人。
留学生受け入れを政府に提言した学生グループ「P782」メンバーで東工大4年の富重博之さん(24)は「難民が孤立しないよう社会のサポートも重要」と話す。NPO難民支援協会(東京)は「難民を『難民』として受け入れる方針が示されなかったのは残念だが、人道危機に対する責任の分担への新たな一歩を踏み出そうとしていることを歓迎する」とした。
(伊東和貴)
■受け入れ態勢や選考、課題
日本政府は留学生受け入れの態勢作りを始めた。政府関係者によると、留学生に配偶者や子がいる場合、同伴できるよう検討中だ。
課題も多い。留学生の選考はレバノンやヨルダンで難民登録に携わる国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の協力を想定するが、シリア難民の最大受け入れ国のトルコは政府が独自に難民登録しており、UNHCRが選考できるか不透明だ。対象はシリアにとどまっている国内避難民も含むが、選考方法は未定。同伴家族の滞在資格をどうするかも詰める。
今回の取り組みは、本格的な難民受け入れにつながるのか。外務省幹部は「今後は未定だが、これで終わりだと考えているわけではない」。
欧州では、無制限な流入を抑えようとする動きが進む。UNHCRは難民の受け皿として、難民認定による保護に加え、大学に通う間の奨学金とビザの支給、病気やけがをした難民に医療を提供する間の滞在許可、条約上の難民と認められない人などに一時滞在を認める「人道ビザ」の発行などを呼びかける。人道ビザはブラジルが8450人、スイスが4700人のシリア人にそれぞれ発行した。
周辺国に逃れた難民を第三国が受け入れる「第三国定住」の拡充も訴える。4月までに各国が計約16万人分の受け入れを表明。カナダや米国のように数万人規模を受け入れる国もある。
(武田肇、鈴木暁子)
■シリア難民受け入れの枠組み
◇国際協力機構(JICA)の技術協力制度
20人/年→政府の途上国援助(ODA)を活用
◇国費外国人留学生制度
10人/年→文部科学省が実施
(2017年から5年間で最大150人を受け入れ予定。留学生として日本各地の大学で学ぶ)