ネパール人留学生、偽りの難民申請 稼ぐため制度乱用

(2014/10/26 朝日新聞)

岡田玄、奥村智司、柴田菜々子 2014年10月26日11時32分

福岡市の語学学校の寮から今年1~2月、ネパール人留学生4人が相次いで姿を消した。職員が調べると、関東地方で暮らし、難民認定の申請をしていたことがわかった。日本語の習得を夢見て来日したはずの20歳前後の留学生がなぜ「難民」なのか。足取りをたどると、日本の難民認定制度の課題が見えてきた。

栃木県小山市。留学生たちの仮住まいだと関係者から聞いたアパートの一室に行き着いた。小窓からスパイスの香りが漂う。

出てきた30代のネパール人男性は、福岡の留学生とは面識がない、と話した。ただ、母国で迫害などを受けていないのに「命を狙われている」と偽って難民申請したと打ち明けた。「仕事のため。仕方がない」

カトマンズの出身。妻、子ども2人と暮らし、雑貨店を営んでいた。長女の教育費を捻出しようと店を売り、約80万円をブローカーに払って昨年、農業実習生として来日した。だが、現実は厳しかった。白菜の箱詰めを朝から深夜まで続ける日々。手元に残るのは月に5万円程度で、事前に聞かされていた条件と違った。

そんな時、ネパール人の知人から「難民認定の申請をすれば比較的高い賃金で働ける」と聞いて飛びついた。働いてお金がたまれば帰国するつもりだ。

関東地方のプラスチック工場で働く20代半ばのネパール人男性も昨年、難民認定の申請をした。3年半前に農業実習生として来日。滞在期限が迫った昨年、母国で迫害などを受けていなかったが、難民認定申請をした。月収は実習生時の約7万円から20万円弱に増えたという。

小山市で飲食店を営む30代のネパール人男性によると、難民認定の申請をするネパール人は2010年以降、各地から同市に集まってきたという。関係者によると、仲間が集まることで、滞在先を融通したり働き口を紹介したりしやすくなる。周辺には工場や農家が多く、労働需要もあるという。

法務省入国管理局には「実習生がいなくなって難民申請をしたらしい」との受け入れ業者からの相談や、「留学しながら難民認定申請できるのか」という日本語学校からの問い合わせが目立っているという。

同省によると、13年のネパール人の申請者数は、トルコ(658人)に次いで多い544人で、10年以降、急増している。難民支援団体などによると、ネパール人以外でも偽って申請している人がいる可能性があるが、実態はわかっていない。

■迅速な審査求める声

こうした申請が目立つ背景には、4年前の認定制度の運用変更がある。従来、難民認定の申請中の就労は原則として認められなかった。だが、収入がなく生活が不安定になるとの批判が上がったため、法務省は10年度に運用を変更。申請時に在留資格を持つ人は、申請から半年がたてば就労できるようにした。

だが、この「半年ルール」は、農業実習生や留学生として来日した外国人のうち、手っ取り早く稼ぎたいという人には都合が良かった。留学生は原則的に就労できず、アルバイトは週に28時間以内。実習生も多くは低賃金で、労働環境が悪い場合もある。ところが、難民認定を申請して半年がたつと、結果が出るまで数年はより良い条件で働けるようになる。

「帰国できるのに難民認定申請をするのは『制度の乱用』だが、そもそも迅速に審査していればこうした問題は起こらない」とNPO法人「難民支援協会」の石川えり事務局長は指摘する。欧米の場合、多くの国で審査は半年程度だが、日本では、最終結果が出るまで何年もかかるケースもある。欧州では、申請者へのシェルター提供や自己負担のない医療など、一定の保護も充実している。

就労目的の虚偽申請が増えると、難民審査を受けるべき人が、審査の長期化で不利益を被ることが懸念される。法務省も問題性を認識し、有識者会議で対策を検討している。

07年に難民認定を申請したネパール人男性は「すべての申請者が制度を乱用しているとみられないか心配だ。入管にしっかり調べてほしい」。母国には身分差別があり、下位カーストの女性と結婚したことで親族から襲撃されて出国したと訴える。

難民問題に詳しい滝沢三郎・東洋英和女学院大学大学院教授(難民移民論)は「日本で働きたい外国人労働者を受け入れる制度が整っていないことが認定制度の乱用の一因だ」と指摘。「一定の資格のもとで『経済移民』を受け入れる政策の整備の検討が必要だ」と話す。(岡田玄、奥村智司、柴田菜々子)


※ 全国難民弁護団連絡会議(全難連)がこの新聞記事に対し抗議書を送付しています。
10/26朝日新聞記事に対する抗議書 (PDF 14/10/31)