(14/3/19 朝日新聞)
田村剛 2014年3月19日 15時16分
【写真】入国警備官が撮影した強制送還時のビデオ映像。
複数の警備官がスラジュさんを担ぎ上げ、飛行機に運んでいる
4年前、日本での在留期限が切れたガーナ人男性が、成田空港から強制送還される際に急死したのは、東京入国管理局の職員の過剰な制圧行為が原因だとして、日本人の妻(52)ら遺族が、国に約1億3千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が19日、東京地裁であった。小林久起(ひさき)裁判長は「入管職員の違法な制圧行為による窒息死だった」と認定。国に約500万円の支払いを命じた。
判決は、ほぼ無抵抗の男性に入管職員が制圧行為をしたと判断。「危険性の大きさが、制圧の必要性と相当性を明らかに超えており、違法」と結論づけた。強制送還のあり方や入管行政の人権配慮への姿勢が厳しく問われそうだ。
男性はアブバカル・アウドゥ・スラジュさん(当時45)。2010年3月22日、複数の入国警備官に付き添われて飛行機に乗せられ、離陸前に死亡した。
法務省の報告書では、手足に手錠をされ、タオルで口を猿ぐつわのようにふさがれて、座席で前かがみに押さえられていた。さらに両手首は、プラスチック製の結束バンドでズボンのベルトに固定されていた。
判決は同様に事実を認めた。スラジュさんが搭乗前には送還を拒む振る舞いをしていたが、機内ではほぼ無抵抗だったとも指摘し、「猿ぐつわによる呼吸の制限と、ひざに顔が近づくほど深く前かがみになる体勢を強制されたことによる胸郭や横隔膜の運動制限が相まって、呼吸困難で窒息死した」と認定。「死因は心臓の腫瘍(しゅよう)による不整脈。制圧行為と因果関係はない」とする国の主張を退けた。
他方、スラジュさんが護送中、飛行機に「絶対乗らない」との発言を繰り返していたなどとして「違法な制圧行為を自らが誘発した面は否めない」と指摘。国が賠償すべき額を損害額の2分の1にとどめた。
スラジュさんは1988年に短期滞在の資格で来日。工場などで働いていたが、06年に出入国管理法違反(旅券不携帯)の容疑で逮捕された。死亡をめぐっては10年12月、千葉県警が警備官10人を特別公務員暴行陵虐致死容疑で書類送検。しかし、千葉地検は12年7月、全員を不起訴(嫌疑なし)とした。遺族は、再捜査を求めて検察審査会への申し立てを検討している。
法務省入国管理局は「判決内容を十分検討した上、今後の対応を考えたい」とのコメントを出した。
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【亡くなったスラジュさんを巡る経緯】
1988年5月 短期滞在の在留資格で来日
89年1月 日本人の妻と同居を開始
2006年9月 出入国管理法違反の疑いで逮捕、入管施設に収容
11月 妻と結婚
08年2月 在留特別許可を求めた訴訟で一審勝訴
09年3月 二審で逆転敗訴し確定。その後、再び入管に収容
10年3月 強制送還中に死亡
6月 妻が千葉地検に告訴
12月 千葉県警が入国警備官10人を書類送検
11年8月 妻が賠償を求めて国を提訴
12年7月 千葉地検が警備官10人を不起訴処分に
11月 法務省が「問題なし」との調査結果を発表
14年3月 東京地裁で賠償請求訴訟の判決
■「夫の命、日本社会に一石」
「心のつかえがとれた」
判決後に東京都内で記者会見した日本人の妻(52)は、小さな声で語った。
夫の突然の死から4年。「夫は人間として扱われなかった」。今も理不尽な死の意味を問い続けている。
「旦那様が死亡しました」。収容中の夫・アブバカル・アウドゥ・スラジュさん(当時45)について、入管職員から突然の電話を受けたのは、10年3月22日夜。ショックで、その場に崩れ落ちた。
入管施設に収容されていた夫が、その日、送還されようとしていたことすら全く知らなかった。「何があったの?」。何度聞いても入管側は「わからない」と繰り返した。
手足に手錠をはめ、縄で拘束し、タオルを口にかませて、前かがみに押さえつけた――。法務省が内部でまとめた報告書は、目を疑う内容だった。
裁判で国は「スラジュさんが激しく抵抗した」と主張したが、千葉地検が遺族側に開示したビデオには、暴れることなく自分の足で歩いていたスラジュさんを職員が担ぎ上げ、機内に運ぶ様子が映っていた。「強制送還の遂行が第一で、相手が人間ということに思いが至らなかったのか」。妻はいまだにビデオの後半部分を見ることができない。ぐったりして動かなくなった夫の様子が記録され、平静でいられる自信がないからだ。
1988年にスラジュさんと出会い、翌年から同居。入管施設に収容されてからも面会を続け、1日に5回以上、電話したこともある。2006年に正式に結婚した。
東京地裁は08年、「2人の間には夫婦関係が成立している」として強制退去命令を取り消した。だが東京高裁は翌年、「子がおらず、妻も独立し仕事をしている。必ずしも夫を必要としない」とスラジュさんを逆転敗訴させた。「日本では外国人は勝てないよ」。スラジュさんは落ち込んでいたという。
春の光があふれるこの季節、ふたりは毎年、一緒に近所の桜並木を歩いた。絵や音楽が好きで笑顔を絶やさない夫と、桜の下で笑い合う時間が幸せだった。
一人の外国人が、こんな命の落とし方をしたことを、広く社会に知ってほしいと思う。「同じ人間なのに……。夫は命と引き換えに、日本社会に一石を投じたのだと思います」