迫害を逃れ…日本で路上生活 難民申請中のアフリカ男性

(15/8/3 朝日新聞)

中崎太郎 金子元希、鈴木暁子 2015年8月3日03時09分

【写真】東京スカイツリーが見える公園のベンチで休む難民申請中の男性。木製のベンチの中央にはひじ掛けがあり、横になることはできない=7月、東京都内

公園に着いた30代の男性は、奥まった場所にあるベンチに腰を下ろした。夜空に、白く光る東京スカイツリーが見える。「眠りたいときは、ここ」

アフリカの母国での迫害を逃れて、7月上旬に来日し、難民申請をした。しかし、頼れる知り合いはおらず、保護を求めてやって来たものの、住む場所すらない「ホームレス難民」となった。路上生活は、本国でも経験したことがない。

自分や家族に危害が及ぶ恐れがあるため、出身国や本名は公表できないという。
座ったまま前を見つめていた男性に、何を考えているのか尋ねた。

「自分の人生のこと。そして家族のことだ」

本国には妻と子供2人が残っている。タブレット端末に家族の写真を保存していたが、成田空港に着いたときに全部消した。「家族を残してくるのは簡単なことではなかった。写真を見てしまうと、気持ちが混乱してしまう」

1カ月前までは、日本に来るとは夢にも思っていなかった。独裁政権下の母国で政治活動をしていた男性は、政権への抗議活動に参加し拘束された。
2カ月間、目隠しされ虐待された。背中には棒でたたかれた痕のような傷が残る。支援者の手助けで、収容所を出た後はしばらく身を隠して、一緒に空港に向かった。
「幸運を。私にできるのはここまでだ」。支援者から空港で受け取った航空券には、最終目的地が「NARITA」とあった。自分が日本に行くのだと、初めて知った。
成田に着いたときの所持金500米ドル(約6万円)。間もなくホテルに泊まることもできなくなり、NGOの食料配給を受け取り、都内の数カ所を転々としながら夜を過ごす日々が始まった。

日本では、難民として認定されるかどうか最終的な結果が出るまで、数年かかることが多い。公益法人が最低限の生活費を支援する仕組みもあるが、審査に時間がかかる。
午前2時ごろ、男性はベンチで眠りについた。記者も近くで寝たが、うとうとするたびに、蚊の羽音で起こされた。男性はひじ掛けに腕をのせたり、ひざの上に突っ伏したり、寝苦しそうに姿勢を頻繁に変える。
朝4時ごろに目を覚ますと、また、まっすぐ前を見つめた。自分が日本で路上生活を送っていることがいまでも信じられず、つぶやいた。

「これが私の人生か」

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、日本で難民申請して結果を待つ人は約9300人。
日本政府が昨年、難民と認めたのは、11人だった。(中崎太郎)

■保護求め来日、73カ国から

世界の難民が過去最多の水準になる中で、日本にたどりついて難民申請をする人も多様になっている。アジアだけでなくアフリカや中東から来る人も増え、昨年の出身国は73カ国にのぼる。
日本での申請者のうち最も多いのはミャンマーやネパール、スリランカなどのアジア出身者だが、紛争が多発する中東やアフリカ諸国から逃れた人も増えた。

全国難民弁護団連絡会議などによると、昨年日本で難民申請した外国人5千人のうち、シリアなど中東出身者は947人で、2006年と比べ5倍に。ナイジェリアなど西アフリカは18倍に、コンゴ民主共和国など中部アフリカも9倍に増えた。73カ国という出身国は、5年前より26カ国多い。

NPO法人難民支援協会によると、頼れる知人がいない場合は、ホームレスになってしまう人も少なくない。同協会では食べ物の配給をする団体などを紹介する「サバイバル・ハンドブック」を渡している。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、世界の難民と国内避難民は昨年末時点で過去最多の5950万人。最も多いのは内戦が続くシリアで、アフガニスタン、ソマリアと続く。

シリア周辺のトルコやレバノンには100万人を超す難民が来ている。「周辺国だけでの支援は限界だ」とのUNHCRの訴えに呼応し、シリア難民については欧米など各国が受け入れを相次いで表明した。

一方日本では、昨年の難民認定数は11人。難民とは認定せず、人道的な配慮で在留を許可した110人を含めても、数万人を受け入れる米国やドイツなど欧州の国々と比べて極めて少ない。法務省は「難民とは言えないような人が申請を繰り返しているケースもある」と説明する。

日本政府は、難民条約が定める「人種や政治的な理由で迫害される恐れがあり母国を逃れた人」を難民として認定するが、欧米諸国と比べると判断が厳しいとされる。欧米では紛争で逃れた人らも含め、より幅広く受け入れるようになっている。

さらに法務省は6月、難民認定制度の基本方針となる「出入国管理基本計画」の改正案を公表。働くことが目的なのに難民を装う申請者が増えているとして、「本当に保護が必要な人とそうでない人を区別する」という姿勢を打ち出した。新たな案では、▽難民とは認定しないものの、人道的な配慮で滞在を許可する対象を明確にする▽明らかに難民に当たらない申請は、本格調査に入る前に振り分ける▽再申請は新たな事情がある場合に限る、などを検討中だ。

法務省は一般から寄せられた意見を踏まえ、近く正式な計画を作る予定だ。これには、「真正の申請者が『偽装滞在者』とみなされることがないよう慎重な取り扱いが必要だ」(UNHCR)、「真の難民を認定する具体策が示されず、申請の抑制策や乱用への対応に特化した内容だ」(日本弁護士連合会)などの懸念を表明する声もある。
上川陽子法相は7月31日の会見で制度案について、「難民の施策について、後退は決して意図していない。真に必要な保護を受けるべき難民をその方向に向かって認定することを目的としたものだ」と強調した。

東洋英和女学院大学大学院の滝沢三郎教授(難民政策論)は「難民の定義を狭く解釈したままの日本の姿勢は、国際的な状況に対応していない。受け入れの新たな枠組みとともに数値目標を導入し、法務省だけでなく政府全体で取り組むように制度を再設計する必要がある」と話す。(金子元希、鈴木暁子)