(19/5/17 京都新聞)
スリランカで10万人ともいわれる死者が出た内戦の終結から19日で10年。戦闘が激しかった北部を中心に、行方不明の子供らを今も捜し続ける母親たちがいる。軍艦引き渡されるなどしたまま不明になった人は政府が把握しているだけで1万5千人。「私たちが死ぬのを待っているのか」。解決への道筋が見えない中、母親たちは涙を流し懸命に助けを求めている。
内戦では、少数派ヒンズー教徒のタミル人を中心に構成された武装組織「タミル・イーラム解放のトラ(LTTE)」が、北部州と東部州の分離独立を目指し政府軍と戦った。LTTEが事実上の首都とした北部キリノッチは現在、舗装された道路沿いに商店が並び、通り過ぎるだけなら内戦の跡を感じられないほど復興している。
キリノッチに住む主婦クリシュナクッティ・カラワティさん(67)は、長男スクマランさん夫婦の写真を大切にしている。政府軍勝利が正式宣言された2009年5月19日、北部の避難民キャンプでは軍がLTTE構成員と、一般住民を選別していた。長男は構成員だったことを軍に伝え、妻と共に身柄を取られた。
内戦末期の約2カ月間、カラワティさんは長男らと砲弾や銃弾を逃れてジャングルの中をさまよった。死体で足の踏み場もない場所もあった。自分の身に何が起こるか分からない中、地面に布を敷いて寝た。「人間の尊厳などなかった」。キリノッチ中心部から東に車で約2時間、現在は海軍基地となっている辺りが長男と別れた場所だ。「心配しないで。後でね」。別れ際の長男の言葉をはっきり覚えている。「軍の事情聴取が終わったら解放されると信じていた」と振り返ると、涙が止まらなくなった。
昨年、シリセナ大統領は行方不明者の調査を担う「失踪者局」の委員を任命。
同局は不明者の総数について、政府から約1万5千人と伝えられているとする一方、1万7千人や2万1千人との見方もあると指摘。「データベースを準備中の段階」として、正確な人数を明らかにしなかった。
内戦終結前の08年12月、乗っていたトラクターごと行方不明になった息子を捜す女性、カティルガマナタン・コキラバーニさん(48)は、おえつを漏らしながら政府を批判した。「手や脚がなくなっていてもいい。とにかく会いたい。息子は生きているの? どうして何も分からないの?」 (キリノッチ共同)
スリランカ 仏教徒中心の多数派シンパラ人とヒンズー教徒中心の少数派タミル人の争いが、1983年ごろから政府軍とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)の内戦に発展。政府軍が2009年5月に全土を制圧、内戦は終結した。国連集計で死者は8万~10万人とされる。政府とLTTE双方に市民の無差別殺害の疑いが指摘され、国連人権高等弁務官事務所は15年、特別法廷設置を求めたが、政府はいまだに設けていない。内戦終結後、目立った混乱はなかったが、今年4月、最大都市コロンボなどで連続爆破テロが起きた。 (キリノッチ共同)